VOCALOID曲のサムネイル画像についての考察

さてさて無理矢理考察ネタを作っての考察になります。

先月地味なサムネに定評のある作者さんが出現したので
せっかくだからサムネについて考えてみようという方向ですね。

初期は公式絵一枚だったVOCALOID曲のサムネイル画像も
ピアプロというコラボの場の登場により多種多様なものが存在するようになりました。

現在、多くの曲ではVOCALOIDキャラクターが使用されたサムネイルを見かけます。
ときどき実写ものの画像やVOCALOIDキャラクターが使用されていないものも見ます。

しかし、ランキング上位に登場してくるのはほとんどがキャラクターものです。
これはなぜでしょうかというところから考えていきましょう。


まずはサムネイルにおけるキャラクターとは何なのかというところから。

サムネイルにおけるキャラクターとは、
オレンジジュースのパッケージにおけるオレンジの写真・イラストのようなものだと考えられます。

主題として何を扱っているかということですね。
グレープジュースなのにオレンジの写真をパッケージに使うことはありませんから。(釣り動画は除く。)
この主題を示すことで動画閲覧者はその主題の取捨選択を行います。

特定の作者にこだわりがない限り、多分、大半のVOCALOID視聴者が
これで取捨選択を行っていると思います。
なぜならVOCALOIDの動画を見ようと思って動画を探しているためです。


さきほどのジュースの例で示すとこんなかんじ

初音ミクの曲が聞きたい!→オレンジジュースが飲みたい(オレンジの写真・色でパッケージ判別)
KAITOの曲が聞きたい!→グレープジュースが飲みたい(グレープの写真・色でパッケージ判別)
・○○P(作者)の曲が聞きたい!→ファンタ(シリーズ)が飲みたい(ファンタのロゴで判別)


オレンジジュースが飲みたいときに、オレンジの色や画像が使われてないパッケージの商品があったら
オレンジ味って表記があるだけじゃパっと見スルーしちゃうよねってことです。
求めている人が興味のあるものとして重要視している要素を主題としてサムネイルで示してない場合は、
それは目に留まりにくいでしょう。
故にキャラクターとしてのVOCALOIDをサムネイルで示すのは重要になってきます。
このとき注意するのはサムネイルとして縮小表示されたときに画像が潰れてしまって何を表しているのか分からなくなることでしょう。


ただ、どうしてもサムネイルにVOCALOIDを使うのは嫌だという人やオシャレな写真・イラストを使いたいという場合があります。
また、曲の雰囲気にVOCALOIDキャラクターのサムネイルは合わないという場合も。
CDで言えばジャケットになりますからね。

この場合ここで選択することになるのは、自分の作品としてサムネイルか視聴者に曲情報を伝えるためのサムネイルかです。
視聴者としては動画をクリックする前の情報は多いに越したことはありませんが、
どちらを重要視するかは製作者次第です。


一般に販売されているCDの場合は、ジャケットに歌手の写真が掲載されていないものが多く存在していますが、
これは新曲名が事前に分かっていたり発売日の見出しや歌手別に分けられていたりと
ジャケット以前に情報が整理されているため判別を容易にしています。

ジャケットだけで目当ての歌手のCDを探す場合、歌手の写真でも載ってないとパっと探すのは無理です。

ですから、ニコニコ動画内で一般販売のCDジャケットのようなサムネイルを用意してもその他の要素がないと中々注目が集まりません。
この点でニコニコ動画におけるインディーズバンド等のVOCALOIDを使用していないオリジナル曲の
サムネイルによる請求力は弱いものとなっていると考えられます。




次に、VOCALOIDのサムネイルを使っているのに再生数が伸びやすいものと伸びにくいものがあるのは何故?ということを考えて見ます。

これは釣りサムネを除いた場合、サムネで特定が余裕でしたって人以外大差ないと思います。
サムネイル使用による恩恵を一番受けているのはこのサムネイルで特定されるタイプの人でしょうね。

具体的に言うとVOCALOIDのイラストを使用していて、そのイラストの画風が一貫していることです。
パートナーとして特定の絵師さんがいる方がこのタイプになるでしょう。
自分で絵も曲も作る人も必然的にこのタイプになりますね。

画風というのは所謂サインとかロゴ的なもので、主題としてのVOCALOID以外にサムネイルから判別できるものです。
継続的に使用されていれば、視聴者は学習し以降の作品の判別をより容易にします。

ただ、他の人とコラボをやったりもしたいでしょうから絶対ではないでしょうね。



結局のところ、やりたいことを取るか、マーケティング的な戦略的方法を取るかなんだと思います。
どちらを取るかは作者さん次第なんですよね。
セルフプロデュースが上手い作者さんは多分このあたりをよく考えられているのでしょう。

ただ、このあたりが行き過ぎてしまうと作者をプロデュースする本物のプロデューサー術をもってる人が出てきそうな気もしますね。
それがさらにエスカレートすると作者と視聴者間の距離に開きが出てきて、既存の業界と同じようになってしまいますが・・・。

群雄割拠の中から抜け出すためには我を貫き通すというのは難しいのかもしれません。




よし、今回も考察になってなかった気がしますが、考察を終わります!
あー、寝てないのによく書けた・・・。